企画展示情報 > 第7回 > Web版『写真で辿る理工学部の歴史』

HISTORY

19386月29日 王子製紙(株)社長で塾員でもある藤原銀次郎と慶應義塾長小泉信三とが銀座の交詢社で会談。慶應義塾大学工学部の前身・藤原工業大学設立の発端となる。
19396月 藤原工業大学開校式挙行。藤原が私財を投じて設立、小泉が学長に委嘱された。予科3年、学部3年制。
19399月 予科校舎竣工(日吉構内西北に三田の旧校舎を移築)。
194311月 学部校舎竣工
19448月 藤原銀次郎、藤原工業大学を義塾へ寄付。慶應義塾大学工学部(機械工学、電気工学、応用化学科)となる。
19454月 空襲により、予科校舎は全焼、学部校舎は80%を焼失。電気工学科・応用化学科は福井へ疎開、機械工学科学生は宮城県多賀城海軍工廠に約2ヶ月間動員。
19459月 終戦後、米軍が日吉キャンパスを接収。本拠地を失った工学部は、以後仮校地を求めて転々とする。
194510月8日  学部、目黒仮校舎にて授業を再開。
194510月10日 予科、登戸仮校舎にて授業を再開(川崎市。現在は明大生田キャンパス)。
19466月 学部、溝口仮校舎に移転(川崎市の旧日本光学工業の工場内一部を借用)。
1948義塾獣医畜産専門学校(志木市。1949年3月廃校)に工学部分室設置。ここに1950年11月まで、小金井新校舎修築工事待ちのため研究実験室をおく。
19487月 工学部を藤原記念工学部と改める。
19493月 小金井校舎に移転(川崎市の横河電機製作所工場および隣接地を取得・借用)。
1951新制大学院工学研究科修士課程設置
1953新制大学院工学研究科博士課程設置
1957計測工学科新設
1959管理工学科新設
1960工学部中央試験所開設
1966工学部推薦入学制度発足
19685月 かねてからの工学部日吉復帰への声に応え、日吉矢上台への移転が評議員会議にて正式に承認。
1970日吉に第6・7校舎(工学基礎教室・実験棟)完成。
1971矢上に教育・研究実験棟本館・別館、一般教室棟・厚生施設棟完成。
19718月 松下幸之助氏より寄付を受け、松下記念図書館竣工。
197110月 矢上への移転開始。機械工学科・応用化学科から始まり、翌年3月には全学科の移転が完了。
19723月 矢上新校舎落成披露
1974数理工学科開設
1981理工学部に改称。物理学科、化学科を開設。数理工学科を数理科学科に改組。
1985大学院理工学研究科を開設。
1989理工学部総合科学研究センター棟など竣工。大学院理工学研究科3専攻(計算機科学、物質科学、生体医工学)開設。
1996理工学部組織改革(機械工学科、電子工学科、応用化学科、物理情報工学科、管理工学科、数理科学科、物理学科、化学科、システムデザイン工学科、情報工学科)
2000創想館竣工。大学院理工学研究科組織改革(現3専攻へ)
2002生命情報学科新設
2003大学院理工学研究科に先端科学技術国際コースを開設
PHOTO

History of "Faculty of Sci.&Tech."

福澤諭吉はその自伝中で、「教育の方針は数理と独立」と述べており、理工学教育の重要性を認識していました。したがって義塾の工学部設置は明治以来の課題でしたが、財政等の理由から長年にわたり実現できずにいました。

このページでは、1938年藤原工業大学の創立および念願の工学部設置から、その後の度重なる移転を経て、現在の矢上キャンパスに至るまでの歴史を、写真を中心に辿ってみました。          >> Narrow ver.

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